
Paulo Mendes da Rocha
パウロ・メンデス・ダ・ローシャ
建築家 / デザイナー
ブラジルを代表する建築家。鉄筋コンクリートを用いたブルータリズム建築を得意とし、ブラジルを中心に数多くの建築を手がたパウロ・メンデス・ダ・ローシャ。建築家だけでなく、サンパウロ大学建築学部の教授、ブラジル建築家協会長も務めるなど、建築界での役割は多岐に渡ります。エンジニアとして港湾などの建設に携わっていた父の影響で、幼い頃から建築家を志します。1954年、サンパウロにあるマッケンジー・プレスビテリアン大学の建築・都市学部を卒業。ブラジルの建築史において最も重要な人物の一人であるVilanova Artigas(ヴィラノヴァ・アルティガス)に師事。 アルティガスは、鉄筋コンクリート構造を特徴とするパウリスタ学派の創始者とされ、メンデス・ダ・ロシャのスタイルに多大なる影響を与えました。1961年、サンパウロ・ピエンナーレの国際建築展にて「パウリスタノ・アスレチッククラブ」でグランプリを受賞すると、以降も「ブラジル彫刻美術館」「サンパウロ大学現代美術館」など彼の象徴ともいえる建築を設計します。また1970年には、日本で開催された大阪万博のブラジル館を担当。自身が「最初の根源的な建築は地理である」と述べているように、ランドスケープと建築を融合したような手法は、当時の万博において象徴的なパビリオンとなりました。1957年にはサンパウロの競技場設計と共に家具デザインにも着手します。この時期にデザインされたパウリスタノチェアは、後にニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションにも選定されています。長年の功績が認められ、建築界のノーベル賞と称されるプリツカー賞をはじめ、ミース・ファン・デル・ローエ賞や金獅子賞など、栄誉ある数々の賞を受賞。鉄筋コンクリートというシンプルな素材に混在する彼の思考の数々は、重厚かつ詩的な建築を創り出し、今もなお多くの人々を魅了し続けています。
















